明けました。 おめでたいです。
 
 
2006年 平成18年
その5日目です。
何はともあれ めでたいのです。
 
おめでたい話
 
毎年の大晦日の夜
餅を製造するのを恒例にしてます。
 
紅白歌合戦が始まった頃
 
「あ〜っ 餅取り粉を買うの 忘れた… 」
って 突然 妻がノタマいました
 
オイ オイ もー 店は閉まってるでー
 
で 結局
 
「小麦粉でも片栗粉でも 良いっか…」
となり
まー タイセーにエーキョーない(大勢に影響無い) だろう
と ひと安心していました。
 
そして 紅白も後半戦になる頃
 
「あーっ 餅つき機が 無い…」
 
と 再度 トドメの一発のノタマい
 
紅白を見ながら 出来たての餅を丸めるっ 
という 恒例の わが家の行事 が 出来へんよーに なりました。
 
去年の2月に
この家に 宿替え(引越し)をした時に
不用品を大量に処分したンですが
どー も その中に餅つき機が 入っていたようです。
 
正月元旦 
朝一番
お雑煮を祝うのですが
入ってる お餅は
わが家の常備品のサトウ切り餅
でした。
 
そー して
初詣はヨドバシカメラ梅田店
4階 家電売場
でした。
 
去年今年貫く棒の如きもの 高浜虚子
 
 
チャンチャン!
 
2006.1.5 

閑話休憩 正月気分が抜けませヌ
 
 
今日の朝食は 雑煮でした。
 
元旦から ずーっと 主食は お雑煮
その他に口にした物は
アルコールとツマミ…
と たまー の
お八つ(間食)くらいです。
 
今年に入り 米は いまだ 炊いてません。
 
毎年 今の時期 同じことを思います
『餅は主食でOK!! 』
『餅つき機は 仕舞わないでおこう!』
 
でも… 通常は七草粥の ころ
つまり… 明日くらい から か
えべっさん(戎さん)の ころ には
『やっぱ 飽きるな… 米 喰いたいな… 』
となります。
毎年の事です。
 
話は変わりますが…
 
頂いた年賀状を整理し
目を通していましたら
元8ozのメンバーの 可也の人が
子持ち になっているのに気付きました。
 
長年 8ozの幸男(社長)をやっているので
元8ozの人数は そーとー(相当)数になってるンでしょうね…
いつか じっくり 計算してみます。
30年間ですから…
 
今年 ワタクシ 年賀状を
100枚 書きました。
筆で…
妻 慈姑
子はハムを喰い
我 海老から
って 
お節を祝う 家族の風景を 
書いたのですが
大変 ウマく 書けているので
(自分で言うのはナンですが…)
 
自筆で100枚書いたとは
思ってもらえないのでは…
って 心配になり
この場を失礼して
アピールしておきます。
 
 
明日は まだ 松の内だから
初笑い 落語 の話をしたいと
考えています。
 
 
では…
 
2005.1.6 

いっただきまーっす! 七日粥 と 落語
 
 
(せり)(なずな)御形(ごぎょう)繁縷(はこべら)仏の座(ほとけのざ)(すずな)蘿蔔(すずしろ)これぞ七草
 
昨夜 妻が帰宅して
「あー っ! 七草 (買うの)忘れた… 」
『えー っ! どー すんのン?』
「明日の朝 買うわ」
って
ホンマは 六日の夜の内に 
準備すンねンで…
 
まな板に七草を置き
 
なずな七草唐土(とうど)の鳥が
大和の国に渡らぬ先(まえ)
七草祝うストトのトントン
と囃し(はやし)ながら刻む ねんで…
 
と 思いながら
 
まー 良いか
タイセーにエイキョーないなら
 
で 今日の昼近くに
七草粥 頂きました。
 
エグ味の残る
七種の青菜のオカイサン
旨かったです。
 
ところで… 唐土の鳥の事ですが
ある文献で
 
「唐土の鳥」とは怪物のことで、
その血が着物にかかると
疫病になるという言い伝えがあった。
当時、流行り病は中国からもたらされる
とされていたのだ。
 
と ありました。
 
これって 鳥インフルエンザ
の 予感…
 
 
閑話休題
 
落語の話しでしたね…
最近 落語 って云うと
「あの 座布団 運ぶ ヤツですねっ!」
って 言葉 返ってきます
『それは笑点大喜利やっ! ちゅーねん 』
 
ワタクシ 1月13日に
伊丹市の○○○(ナンチャラ)ホールで
米朝一門会を聴きに行きます。
 
米朝ってアメリカ&朝鮮と違います よー
上方落語の桂米朝と弟子達の意 です。
 
何故 行くのか…?
って 言いますと…
 
続く 
で す 。

 


2005.1.7 
ライブで落語を 見とかんと… @
 
 
桂 米朝 師匠
上方落語の四天王一人
 
他人行儀なので 米朝さん 
と呼びます
親しみを込めて
 
まー ぜんぜん 赤の他人ですが…
 
米朝さんを 今の内に 見とかんと
と 思っています。
今年で81歳になる米朝さん
 
去年 TVで見る限り
危ない
と 感じました。  
 
トーク番組でも
話はカム
ロレツも 少々 ヤバめ でした
ので…
今の内の 見とかんと アカンな…
 
と 云うのも
去年の11月8日
桂 吉朝さんが胃がんで死去
かつら きっちょう
50歳でした。
(ワタクシの高校の後輩
今宮工業高校卒 そーして
桂 南光さんとワタクシは同窓生です。)
 
やー 驚きました…
正統派で TVなどの露出が少なく
余り 知られてないようですが
ワタクシは 大変 期待してました。
 
2001年11月1日
古今亭 志ん朝 師匠も
肝臓がんで お亡くなりになった時も
正統な江戸落語も終わりだな…
と 残念に思いました。
 
・2005年3月 肺がん 桂 文枝 74歳 
ハンナリした 語りが好きでした。
上方落語の四天王の一人
 
・1999年4月 自殺  桂 枝雀 60歳
シュールで天才です。
 
・1986年9月 膵炎 笑福亭 松鶴 68歳
酔払いなオヤジの様に 豪放磊落。
上方落語の四天王の一人
 
中でも 枝雀さんはライブも見に行くほどのファンでした
当時 師匠の米朝さんを ついでに 見てました。
 
あと一人の四天王 桂 春団冶さんも 粋(すい)色気があって
やっぱ 今の内 ですね…
戦前戦後の団塊の世代ですからね…
 
露の五郎兵衛師匠も… 今の内です。 
 
そういえば
1月13日は米朝一門会に行きますが
 
1月15日は泉笑亭 正信寺寄席にも行きます
代表の古印亭勝丸と6人の噺家さん出演です。
 
入場無料 だから
 
では そんな話を 明日
 
続く
 
2005.1.10
ライブで落語を 見とかんと… A
 
 
ワタクシの記憶で
ライブ体験をした経験は
 
レージー・ャッツ ョー
小学5〜6年生の頃 
ハナ肇とクレージーキャッツの大ファンで
森永コーラス or 明治スカット or 不二家ネクターか?
のキャンペーンで ご招待 だったと思うんですが…
梅田コマ劇場でした。
 
モリのジカル・ステリー・アー
全国縦断ツアーの大阪公演
1981年 6月23日(火)
大阪厚生年金大ホール
でした。
タモリさんが まだまだ アナな頃でした。
 
米朝門会
芦屋ルナホールで十年ほど前
枝雀さんファンでした。
 
ん〜 で
 
古印亭勝丸 in 徳島のホテルの一室
前回の‘歯ナシ’な話での体験です。
主催者の同行としての勝丸さんに 出会いました。
 
それ以外は
まー 酔っ払って 連れて行かれた
ストリップショーは 別にして ですが…
 
振り返ると
ほんとーに プアーな ライブ体験です。
 
っと まー
そんな こんな で
 
1月15日の
泉笑亭 正信寺寄席
を楽しみにしています。
 
勝丸さんはアマチュアですが
前回 徳島で聞いた
京の茶漬け」(京のぶぶづけ)はゼッピンでした
このネタは 別の噺家さんバージョンでも
何度も 聞いていますが
米朝さんのを ホーフツ(彷彿)とさせる程
品のある京のお上さんを演じられていました。 
 
又 勝丸さん露の五郎兵衛師匠系だそうですが
米朝師匠にも稽古を付けてもらった そー です
 間違いナシ!!
 
・場所 正信寺(お寺)  大阪氏阿倍野区阪南町1−52−3
・会場 午後1時30分
・出演 ・古印亭勝丸 ・摂津家哲笑 ・井筒家磯七 ・藤本遊丸 
     ・星笑亭直助 ・一福亭笑歌 ・泉笑亭夢八
         ・三味線 爪田家こゆき
・主催 社会人落語 泉笑会
・入場無料
・終演時間は分かりません
 
 
では… 
 
是非に…
 
ps 桂春蝶さんも お亡くなりになっていたンですね…
   新年 早々 こんな 縁起でも…
 
 
2006.1.11

キチガイ 取って!
 
 
とあるスタジオにいった時に
上の言葉を聞きました。
 
キチガイ?
 
『って 何ですか…?』
「ああ それ それ 」って指差す方向を見たら
大型のワニグリップ(ス-パークランプ)でした。
 
『何故(なんで)ですか…?』
「それっ 指 ハサんだら キチガイみたいに痛い からやン」
ほんじゃ… トビマワルでも良いのかな?
 
撮影言葉例
 
●そこの彼 ワロ
●カメラ位置 メダカ
●背 低いな… ウマで セッシュー 
●立ち位置 バミっといて
●モデルの顔 ナメよか?
●今日は大物タレントやからケツカッチン
●空 トンでるな…
●顔半分ツブレてるな… ピーカンやからな…
●落ちそーやな… ピンチやな…
●京都にロケハン
サービスちょーだい!
エイテン(関東) バイテン(関西)
カポック(関東) ハッポー ハッポチ(関西)
 
など ですが…
 
各スタジオでも あるンですよ センモン用語が…
ワタクシ達 外部モンは 
「???」です。
 
昔 現場で
ワタクシ「カート めくって
8ozのメンバー 答えて
パッとですか? ユックリですか?
で…
ギャラリー席から クスクスと笑い声
最初 何故?って 思いましたが
そー 思う ワタクシが イジョー だったンですね
そう そう
フンドシとも言ってたなあ…
 
 
では…
 
ps 昔 関東ではストロボのジェネレータの事を
キャパ(キャパシティー)って 言ってたけど
今は 言わないのかな…?
 
2006.1.12 

も〜 ちょっと 嵐山
 
昔 京都・太秦の大映スタジオで
某システムキッチン会社の撮影で
照明ディレクターとして仕事をしていたとき
 
大映のスタジオマン
と 言っても ご老人が2人 でしたが
小道具なんかを 動かす時に
○○はん それー も〜 ちょい 
                                                         あらしやま
あ 行き過ぎたわ 気持ち 原町
                                                        かわらまち
って 言葉を交わし合っていました。
 
分かります…?
 
映画関係者って
上手(かみて・右) 下手(しもて・左)
って言っているのは よく聞きますが
 
それの 大映バ〜ジョンの右・左だったンですね…
 
なんか  どすなあ ハンナリ 京都弁 で
       みやび
 
ん〜 で
又 ある時
 
東京のカメラマンさんと 仕事をしたとき
カメラマンさんが自社アシスタント(ハウス)さん に
 ド〜ンと キオイチ 
 
東京都千代田区 紀尾井町
 
カメラマンさんの自社スタジオを真ん中
紀尾井町と○○○(失念!)
右・左だった と いう こっちゃ ですね
それを 神戸のメリケン波止場のロケで 指示してハリました
 
これらも 一種のセンモン用語 です ねっ
 
 
話は 全く 替わりますが
 
米朝一門会の話しを前回しましたが…
今日(1/13)だと思ってました が 
 
実は…
 
昨日でした…
も〜 終わってます…
バカでした…
アホでした…
 
昨夜は大脇クンと
酒を酌み交わしながら
8ozの未来 を
真剣に語らって た ン ですが
 
そんな ショ〜モない こと してるから…
 
米朝さん 見逃すネン でえ
 
お後は 1月15日 
 
 
チャンチャン!
 
ps 昨日の撮影言葉例の解答みたいなモンを 書くべきか…?
って 悩みましたが 止しにします。
読者はギョ〜カイのプロが多いので 失礼になりますから…
 
2006.1.13 
手 振ってみて
 
右肩上がりの景気から
バブル経済に
そして
阪神大震災 まで
 
ワタクシ 旧源堂 と云う会社をやってました。
社員はワタクシ一人で
仕事内容は 照明屋さん ライトマン
名刺の肩書きは ライティングデザイナーとなってました。
 
主に セット撮影 (スタジオに家 or 部屋を作っての撮影)
や 車輌関係など 大掛かりなモノが多かったです。
 
持ち機材は ほば ゼロ すべてレンタル
スタッフは 8ozをレンタル
機材費&人件費を支払っても
そー と な金額が残ってました。
 
バブルでした。
 
まー それは それとし
 
その仕事の中で 面白い話を ひとつ
 
ライティングをしていて…
その効果を確かめる為に
ライトのスイッチを ON OFF 
を繰り返してもらう方法があるンですが
 
簡単にライト前に手をカザして 
スイッチの ON OFF の替わりにします。
 
よく 『手 振ってみて』 って
メンバーに伝えるンですが
 
通常は ライトのシビアーな操作をするのは 
8ozのAタイプのスタッフ 限定
 
で ある現場
 
手 振ってみて』って言ったんですが
ゼンゼン ライトの変化が無い
 
『あっれ… ヘンやなあ…?』
ってるか…?』と 確認
イッ」と 元気な声が聞こえる 
ライトチーフのM君の声ではない
 
それで…
ライトの方を見ると
研修中のH君
ワタクシに向かって
いながら 手を振っている…
まるで 古畑任三郎の今泉刑事の様に ゴキゲンに…
 
ん〜 で
 
M君が ライト方に トンでいって
」と
今泉なH君カツ
 
 
チャンチャン!
 
ps 紀尾井町有楽町 思い出しました。
 
2006.1.14




閑話休憩
 
 
妻が 昨日から 
インフルエンザ保持者になりました。
 
日曜日の朝 早く 目覚め
枕元が散乱していたので
おや? 
って思いましたが
又 ウツロで 寝ました。
 
隣でゴソゴソするので
ふたたび 目覚めましたら
 
妻の身体が
湯たんぽ より 熱い
 
「9度もある…」と 
体温計を見ています。
 
タクシーを電話で予約し
市民病院へ直行
 
帰宅した妻は
5日間の カクリが必要」と言う
 
そんな こんな で
 
れー の 落語会も 行かないで…
 
妻 or 子が 調子悪いと
何故か ワタクシもシンクロする…
 
不思議です ね 。
 
 
では…

2005.1.16
閑話休憩
 
 
1984年 の 秋の暮れ
TVから
風邪は社会の迷惑です!
武田薬品 ベンザエース/コピーライター 仲畑貴志氏
 
初めて このCMを 見たとき
 
『風邪 引いた人に可哀そ〜 ジャン 』
と 思いました。
 
ワタクシ 小学校の頃
『風邪 引いたみたいヤ 』
って 母親などに言うと
学校に 行ったら 治る
と 
無茶苦茶な論理で育った せー なのか
 
成績は とっても 悪いのでしたが
精勤】【皆勤】を必ず 取り
センセー に 唯一 ホメられました。
 
だから 
風邪なんって 多少 ムリを押してでも
【社会】に貢献 or 参加 するベシ 
的 考え方でした。
 
 
息子が小学生の ある時
9度の熱が出て 学校に連絡したら
5日ほど 休ませてください」と 担任の先生の
指示がありました。
 
翌日に 熱が 少しでも下がったら 登校させよう と
考えていたんですが
 
今は 違うンだ って 知りました。
 
風邪は社会の迷惑です
 
ある種 伝染病で カクリして
社会にメーワクを掛けない って 事ですね…
 
分かりました…
 
煙草の煙を 吸わない権利も あることだし ね。
 
チョッと チャウか…?
 
 
あの頃(1984年)のコマーシャル
 
・襟巻きトカゲ 三菱自動車 ミラージュ
・「わたしは コレで 会社を 辞めました」 禁煙パイポ
・「ちゃっぷい ちゃっぷい どんと ぽっちーい」 金鳥どんと
 
懐かしいですね…
 
 
では…
 
from in フトン
 
2005.1.17

閑話休憩
 
 
そう そう
 
どんとぽっちい のCMで
8ozのスタッフが出演しています。
 
桂文珍さんと西川のりおさんの
後ろの方でゾロゾロしている中に
8ozのメンバーが2名
縄文人(?)の格好をして
ウロウロしています。
 
当時 広告代理店のD社系の
フロアーアシスタントとして
発注を頂いておりまして
関西電気保安キョ〜カイ」など
多くを手がけた
面白CFのキョショー川崎徹監督の
関西制作に
よく8ozも参加しました。
 
そー いえば
今 関西CF界で
有名な女性プロデューサーの
M、M嬢は元8ozで
 
8ozにいる時に
「ワタシの本名 嫌いですから 
M○○○にしてくださいっ 」
と 言って
 
今だに その 名前で通しています。
 
 
では…

2005.1.18


閑話休憩
 
 
広告の禁じ手
 
広告制作者は
動物子供(特に赤ちゃん)
素材として 取り扱うのを
よししない”風潮があります
 
努力しないでも
アイキャッチ効果があるからです ね 。
 
エリマキトカゲを使用した
三菱自動車のミラージュは
エリマキトカゲはブームにはなったのですが
「スポンサーは?」と聞くと
「???」でした。
 
ん〜 で
今朝 ニュースを読んでいたら
 
アイフルのCFでチワワを使用するのを差止め請求
 
と 云うものがありました
「可愛いチワワとイメージが違いすぎる」
だ そー です。
 
ん〜 む 
 
何か 広告の良識 を問われている よー な…
 
フクザツ な キブン
 
 
では…
 
ps 妻は 完治して 今日から 出勤
ワタクシは 今日で 終わらせ よー ゾ
 
 
2005.1.19
 
閑話休憩
 
 
広告の三要素
 
禁じ手 って昨日書きましたが
それは それで 過去の話のような気がします。
 
三要素とは
・子供 
・動物 
・女性
特に 女性 って 何?
って 思いません?
 
大半のCMは女性が出ているヤン!
 
ワタクシ 思うに
H系って 言いますか…
エロっぽい と 言いますか…
 
昔の 関西ローカルなCFネタで 恐縮ですが
 
「あなた 車 売る?」「わたし 高く 買うわ」
♪ハ○テン ○古セ○ター ♪
※なんで ベッドで 半裸で する会話やネン?!  
 
♪ア〜 見え過ぎちゃって 困るのぉ〜 ♪
マ○プロア○テナ
※水に塗れた シースル−着 が 露骨に…
 
ワタクシ 子供心にコーフンするなあ
って 指の間から コッソリ 見ていました。
 
その分 スポンサー&制作者側は
インパクト
大成功!
って ことですね… 
 
だから…
 
昔の 禁じ手 
今は 三要素 となり
 
ロリータ系のタレントさんが
キワキワ・コスチュームで 
アラレもないダンス
開脚!
CM好感度 ど〜 んと アップ!
 
ついでに チワワ 抱かしたら…
 
年寄りには
刺激が強くて
ついて いけないレすー
ヤレ ヤレ
 
ボヤくな 
では…
  
2005.1.20
 

閑話休憩
 
 
今日は お遊びです。
大阪人気質のチェックです。
 
又 他府県の人は
ここを参照してください。
 
大阪人チェック!
●  世界中のどこに行っても大阪弁を通す。
●  近所に贔屓のお好み焼き屋が3軒以上ある。
● おかんがスパッツを愛用している。
● FM802のステッカーを車に貼っている、あるいは貼っていた過去がある。
● 「おもろないヤツ」といわれることが、最大の屈辱だ。
● モロゾフカップが使わないのに家にある。
● エスカレーターで左に立っている奴を見ると、こいつよそ者やと思う。
● 会話中に『ウソやん、まぢで、そうなん』は必ずゆう。
● ビートルズのハード・デイズ・ナイトを聴くと『突然ガバチョ』を思い出す。
● 「スジャータ、スジャータ、白い広がりスジャータ。スジャータが9時をお知らせします」。時報CMといえばスジャータである。
● 市道7号・豊中亀岡線の中央環状〜牧落間のことを「ロマンチック街道」と呼ぶのは恥だと思っている。
● のこぎりを見ると、ヒザにはさんで、刃をしならせながら、金属などの固いもので、たたいてみないと気が済まない。
● 「あーちゃん」といえば、故笑福亭松鶴の、「たかこ姫」といえば、笑福亭仁鶴のそれぞれ嫁だということを知っている。
● お好み焼きをおかずにご飯を食べるのは当たり前だと思っている。
● 論理的な説明が下手で「どばー」などの擬態語が入りまくる。
● 街で芸人に会うと気軽に声をかける。
● 新聞などで「米朝対談」という見出しを見て、桂米朝師匠の対談だと勘違いしたことがある。
● 深夜CMといえば「雁亭」と「ホテル新東洋」と「味園」と「グランシャトー」と「うめだの洞」と「ハナテン中古車センター」だ。
● ひらかたパークを「ひらパー」と言うのは、菊人形より恥ずかしい。
● 電話をかけるときに「あのぉ〜、もしもしぃぃぃ〜〜〜」と藤山寛美の物まねをしたことがある。
● アメリカ村で、馬おじさんの演説を聞いたことがある。
● かつらの『フォンテーヌ』の文字を見ると「ふぉんて〜ぬ♪」と節をつけてしまう。
● ドラマで街金やヤクザが出てくると、いつも大阪弁なのが腹が立つ。
● その発音がヘタだとさらにむかつく。
● 人の話を聞いてるフリをしながら、常に自分のしゃべるネタを考えている。
● 何事にもオーバーに話をする。
● 「バーン」と銃で撃つマネをされると「ううっ」っとやられたリアクションで返すのは礼儀だ。
● いまだにUSJとUFJを言い間違える。
● いつでも会えそうなタージンだが、まだ街で見たことがない。
● マルビルの電光掲示板が無くなったのが寂しい。
● 平日の夕方は「ちちんぷいぷい」だ。
● ローカル番組に東京で輝きを失ったタレントをよく見る。
● 1週間でやしきたかじんと上沼恵美子どちらかを見ない日は無い。
● グループの中で大阪人が自分だけだと分かると、笑いに関してはプレッシャーを感じる。
● かしまし娘とちゃっきり娘とフラワーショーのメンバーの名前を全部言える。
● おかんは、毎朝、MBSの「ありがとう浜村淳です」と「ごめんやす馬場章夫です」を聞くヘビーリスナーだ。
● 大阪出身だというと必ず「家にたこ焼き器があるの?」と聞かれることにうんざりしているが、実は家のどこかに眠っている。
● 国道176号は「いなろく」、国道171号は「いないち」と呼ぶ。
● ダジャレを言いそうになって飲み込んだ事がある。
● パルナスは全国展開の会社だったと信じてやまない。
● 百貨店で値切ろうとした事がある。
● 昼ご飯は「きつねうどんと白飯」でもOK。
● 冷蔵庫に必ず塩昆布がある。
● ボケた後、頭をしばかれても腹が立たない、というよりしばかれるのを望んでいる。
● 「ノックは無用」の魅惑の変身の谷まさるを谷しげるだと思っていたことがある。
● 大阪をスタイリッシュに撮った映画「ブラックレイン」は、うれしいけど、どこかこそばい。
● 阪神百貨店の地下で立ち食いしたことがある。
● 「ノックは無用」と「ノンストップゲーム」は立て続けに見ていた。
● 「淡路」といえば、淡路島ではなく、阪急京都線の上新庄の手前の駅だ。
● たかじんの番組はどれも似た内容だがつい見てしまう。
● 朝は「おはよう朝日です」に、とりあえずチャンネルを合わすが、いまだに真剣に見たことはない。
● キダ・タローがズラではないかという話は飽きた。
● 番組名を繰り返すだけのテーマ曲を聞くと「キダタローの作曲?」と思ってしまう。
● なので、キダ・タロー作曲の近鉄バッファローズの応援歌は、初めて聴いた瞬間からすぐに歌えた。
● しかしながら、近鉄バファローズの最近の英語交じりの応援歌には合点がいかない。
● カメラのナニワの社長の似顔絵は、大久保玲だと信じていた。
● おかんの乗ってるママチャリには、雨傘や日傘を差す “さすべー” が付いている。
● もちろん、ひったくり防止用の“網”も自転車のかごに付いている。
● おまけに手袋までついている。
● 共通語のことを東京弁と言う。
● テレビ番組に向かって自然とツッコミを入れてしまう。
● タクシーは黒塗りにきまっている。
● 大阪焼などという食べ物は大阪には無い!と声を大にして言いたい。
● カレーに生卵を入れるのはごく普通の食べ方だ。
● 夏の高校野球はNHKよりABCだ。
● 巨人ファンだと口外できない。
● スーパーで、オバちゃんに順番をさりげなく抜かされた事がある。
● ヨドバシカメラは値引きをしないので説明を聞いて商品を見て、買うのはミドリデンキか日本橋である。
● 1〜10まで数えるのには音程が必要だ。
● アルプス一万尺を聞くとカメラのキタムラを思い出す。
● 梅田の歩道橋上でTVのインタビューを受けたことがある。
● 店では店員を「ねーちゃん!」「にーちゃん!」と親しみをこめて呼ぶ。
● 「モータープール」という言葉が他地域では通じないことに軽いカルチャーショックを受けた。
● 東京へ行くと「〜でおま。」だとか「〜でっか?」など普段は絶対に使わないような大阪弁をついつい使ってしまう自分が嫌だ。
● ケンタッキーのカーネルおじさん人形を見ると、胴上げしたくなる。
● 「ABCDE〜す」正しい読み方を知っている。
● 笑点は何がおかしいのか分からない。
● 携帯メールはいつでも大阪弁だ。
● 長話の最後にオチが無いと腹が立つ。
● パソコンで「まっちゃまち」を「松屋町」に変換出来ないのが納得出来ない。
● 今でも南海淡路ラインのことを『大阪湾フェリー』と言ってしまう。
● なんばウォークのことを今でもたまに「虹のまち」といってしまう。
● 同様に、ホワイティ梅田を、今でもつい「ウメチカ」 と呼んでしまう。
● 遵法精神というものがない。
● 「マイ大阪」の歌が歌える。
● いかついオッサンでも「飴」のことは「あめちゃん」とチャン付けして言うのはけっこう可愛いと思う。
● 鶴橋駅が焼肉臭い事を大阪人以外に言われるまで気付かなかった。
● ボケられたら突っ込むことが礼儀だと思っている。
● 会社の面接で慣れない標準語でかみまくったことがある。
● 「とれとれピチピチ〜♪」とふられると、自然に「カニ料理〜♪」と続けてしまう。
● 家の自転車に「さしたまま傘を立てる棒」がついている。
● ひったくりに遭ったことがある。
● ひったくりをしたことがある。
● ムービングウォークでは歩くのが常識だ。
● 梅田で小腹が空いたら、阪神の地下へ直行する。
● たよしの看板を見るとつい「♪た〜んた〜んた〜ぁよし」と歌ってしまう。
● 関東の人に「儲かりまっか?」と大阪弁もどきで話しかけられると、仕方なく「ボチボチでんなぁ〜」と合わせるが非常に疲れる。
● よく"さかいし"と、"たかいし"を聞き間違える。
● 京橋グランシャトーのCMソングを歌える。
● ♪腹減った〜めぇしくわせ〜♪と、お茶碗をお箸で叩きながら歌ったことがある。
● 知りあいが大阪に来たら、とりあえずくいだおれ太郎と対面させる。
● 松屋町といえば「にんぎょとゆいのぉ」だ。
● 携帯に不在着信があっても、かかってくるまで待つ。
● 「食いだおれ」と「かに道楽」と「千日堂」は行ったことがない。
● 赤信号はむしろ「注意して渡れ」だ。
 おかんのワードローブの大半はアニマル柄である。
 雨の日に傘を盗まれたら、傘立てにある気に入った傘を使うのはよくあることである 。
 化粧直しは百貨店の化粧品売り場でする。
 家の下駄箱には原色の靴がある。
 東京でうどんを一口食べて「こんなもん、うどんやあらへん!」と叫んだことがある 。
● 安くていい買い物をしたときは「これ、なんぼやったと思う?」と、値段を自慢する。
● 坂田という苗字だけで『アホ』とあだ名を付けられた、または付けたことがある。
● ウォークマン・携帯を学校もしくは会社で充電したことがある。
● 吉本新喜劇のギャグを10個以上言える。
● 横山剣を見ると、なぜか横山プリンを思い出す。
● 横山プリンを思い出すとキャッシーの行方が気になる。
● キャッシーの話題になるとなんでか佐良直美の話になる。
● 天王寺周辺で子猫サイズのドブネズミを見た事がある。
● 真の大阪人は、大阪近鉄バファローズ&セレッソファンだと思う。
● 「ハチエモン」「たこるくん」を知っている。
● 探偵ナイトスクープの探偵のメンバーが全員言える。
● 6chの土曜の夜7時半は今でも「部長刑事」だと思っている。
● お正月は駅伝より漫才だ。
● 夢路いとし・喜味こいしを「いとこい師匠」と呼ぶ。
● 映画・岸和田少年愚連隊シリーズのどれか1つは見た。ついでにロケ地も一発で分かる。
● 羽川英樹と田渕岩夫の見分けがつかない。
● 夕方のJR大阪駅前といえば「駅前情報局」だった。
● エレクトーンの音を聞くと時報を思い出す。
● 金龍ラーメンは立って食べる。
● 「さて皆さん」と言う時は浜村淳の口調になる。
● 漫才のナンバーワンはやすきよではなく、初代Wヤングやと思う。
● 家のどこかに大阪万博グッズがある。
● 「新婚さんいらっしゃい!」と「アタック25」は立て続けに見ている。
● そういえば昔、「ノックは無用」と「ノンストップゲーム」も続けてみてた。
● 公益社提供「お悔やみ申し上げます」は、日本一暗いテレビ番組だったと思う。
● 大和川以南では、同じ大阪府なのに、大阪市内のことを『大阪』と言い、そのことが全然不思議に感じない。
● 最近は何だか名古屋に負けているような気がしてならない。
● 桂南光のことを今でも親しみを込めて「べかこ」と呼んでいる。
● ちょっとした医学知識や健康知識は立原啓裕が教えてくれる。
● やしきたかじんの歌が少なくとも三曲はソラで唄える。
● そのたかじんにはマイクよりも指し棒の方がしっくりくる。
● 伴大吾と谷しげるが吉本興業をやめた理由を知っている。
● 泉の広場上がったところといえば、皮膚科歯科もある、はぎや整形だ。
● 1327店というヒグチ薬局の目標は中途半端だなぁと思ったことがある。
 テレビ番組に向かって自然とツッコミを入れてしまう。
● 千房で、ぬかるみ焼きをオーダーしたことがある。
● タレント議員には必ず投票する。
● ホームレスを見ると親しみを感じる。
● 東京人に『マックどこですか?』と尋ねられて、日本橋の電気街のマッキントッシュPCコーナーを案内したことがある。
「エーちゃん」といえば、矢沢永吉ではなく、中村鋭一だ。
 節分の日は家族そろって太巻きを恵方に向かって食べる。
 小学校の遠足で大阪城に行った。
 林間学校は三重か岡山に行く。
 山本さんの事は『やーもっさん』、プラスチックの事は『プラッチック』ってゆってしまう。 
 スーパー玉出の上についてる花火みたいな飾り、夜は迷惑と思う。
 大阪のタクシーは客を乗せてなくても,やたら飛ばしてる。
 根拠なく東京が嫌い。
 ほら貝の音色を聴くと「三枝の国盗りゲーム」を真っ先に思い出す。
 「551の豚まんが…ある時」と振られると笑わずにはいられない。
 角淳一と聞いて「夜クネ」が思い浮かぶ自分はもう年だと思う。
 「勝ちたいんや!ドリンク」を飲んだことがある。
 「北斗の拳」の作者の名前を見ると苦笑してしまう。
 電車の接近表示は二駅手前から表示してあるのが当たり前だ。
 残額10円でもとりあえず電車に乗れる「スルッとKANSAI」は素晴らしい。
 ホームセンターといえばコーナンだ。
 ダイエー1号店を知っている。
● 関西芸人が東京で成功すると、持っていき場のない寂しさにおそわれる。
● 電車の中で知らないオバちゃんに親しげに話かけられたことがある。
● 野球の解説は福本豊が一番好き。
● "大津"とは、滋賀県大津市ではなく大阪府泉大津市のことだと思っている。
● 秋の風物詩といえば御堂筋の銀杏を拾うオバちゃんだ。
● 「夜はクネクネ」「なにわ友あれ」のロケを見に行ったことがある。
 梅田の地下街を完璧に使いこなせる。
 だけど、知らない間に西梅田の高層ビルの数が増えていてビックリした。
 色あせた「やぐら茶屋」のCMには哀愁を感じてしまう。
 「8710」の読み方が分かる。
● ♪〜雨が降ってもサンサンサ〜ンのキャバレーSUNの前にいつも立っているオバちゃんが気になる。
● 一度は吉本興業に入ろうかと思ったことがある。
● 関西以外の県人が大阪弁を真似ても、全然らしく聞こえないところに少し優越感を覚える。
● キタ・ミナミは方角ではなく地名である。
● 551という数字を見ると、豚まんかアイスキャンデーを連想する。
● 食べ放題は味わうよりモトを取ることが大切。
● アヒルの飼育数が日本一と言う事を知ってる府民は少ない。
 東京に行って外食すると腹いっぱいにならない。
● JR阪和線と南海電車、上手く使い分けることができる。
● 今だから言えるが、実は横山ノックに投票した。
● 堺以北の人は、ガラ悪く思っている『**するけ』は泉州では普通の言葉である。
● おつり300円を受け取るとき「はい、お釣り300万円〜」と言われたことがある。

 
楽しんで頂けました?
 
 
チャンチャン!
2006.1.21 

大阪人
 
 
生まれて22才まで 大阪 阿倍野
 
学生で 約4年間は 東京
 
その間に 
実家が 奈良県生駒郡に
引っ越していたので
 
東京から戻って
 
1年程は奈良県民
 
そして再び 大阪へ
 
ちろりん村(あびこ)
阿倍野(結婚を期に)
 
33才から 今現在まで(54才)  
兵庫県民
 
さて…
ワタクシは何県民?
 
って 昨日のテストをしてみました ら
 
大阪?
東京?
奈良?
兵庫?
 
ん〜
やっぱ 大阪人でした。
 
三つ子の魂 百まで
 
 
チャンチャン!
 
2006.1.23 
 

現場デビュー @
 
 
初めての ギョ〜カイ体験 
 
写真に興味のある方 
に興味のある方 募集!
 
と書かれた アルバイトニュースを見て
「ここに 賭けてみよか…」 
と考えました。
 
その前に 応募した所は
 
君にはムリでしょう…」と 
断られました。
 
思いっ切りグレてやろう と
練馬前から近い セセこましい
場末のバーに面接に行きました。
 
バーの女給さんとアヤしい関係
なんか アリ って期待したンですが
 
君は学業にハゲんだ方が…」 
マジメだから…」と 訳の分からない
断られ方を 電話でされて
 
自暴自棄
 
原宿で一年間
新聞配達をしましたが
学校に行かない日々が続いたので
 
学校のくに住もう!」と
練馬区江古田の大学の駅隣の
桜台】に引越しをして
やっぱり 学校に行かない ワタクシ…
に 
みずから 苛立ち はじめました
 
(おまえわ なにしに とうきょうえ きたのか?)
と 自問自答
 
何か せねバ… と
 
焦り
 
アルバイト情報誌をパラパラと見て
上記の掲載を見つけ
 
「オレって 写真じゃん」と 思いつゝ
 
電話をし 履歴書を持って
書かれてある 銀座の住所に出掛けました。
 
特にギョ〜カイ風の建物ではなく
普通の事務所だったと思います。
 
ただ ノリかったのは覚えています。
 
10分程度の面接
 
アルバイトの内容は
 
N自動車の撮影で照明助手を担当
 
 
 
続く…

2006.1.24
 
 
現場デビュー  A
 
 
小田急江ノ島線 大和(やまと)駅 下車
ここは神奈川県 
午前 7:00
 
駅前旅館○○前に集合する や
ロングバンに5〜6人乗せられ 
しばらくの 移動
 
高い塀に囲まれた
N自動車工場 
綾瀬スタジオに到着
 
アルバイト総人員 30名ほど
 
何だ… こんな 小汚いヤツらと 一緒かよ… 
 
でも 
オレ 一人じゃ〜ないので ッ! 
 
全員
工場の通路の様な所で
体育座り
 
まず 
カメラ小僧なヤツの
首からブラ下げた 
カメラが没収
裏蓋を開け フィルム 抜かれる
まるで スパイ映画のワン・シーン
 
そして…
今から 見聞きする の事は 誰にも話すなっ!
 
何度も 何度も 繰り返される…
 
チョ〜 丸秘
スーパー 極秘
死んでも 秘密
アルバイト同士でも 新車種の話題は するな!
N自動車の仕事をしている と 親にも言うな!
 
なんでも 高い塀は 盗撮防止だそー で
 
昔 新車種が盗撮されて 雑誌に洩れ
そのデザインを一から変更した というコワイ話
 
など…
など…
 
もうこの時点で 
イヤ気をさしているヤツ 2〜3人
 
そして
10班くらいのチーム編成され
それぞれの
工場別に散る
 
ワタクシの工場の前に
見るからに意地悪そうな
喧嘩ッパヤそーな先輩が立っている
「オレ Kってンだ オマエは…」
と 
アルバイト3名の名前を
それぞれ聞く
 
目線がスルドい
がー
どこか オボこい
オレ より ング かも… 
 
K先輩
ガラガラと大きな扉を
開く 
そこは タジオだった
 
体育館ほどのスタジオ
突き当たりは
ドーム状の白いスペース
(ホリゾント)
 
何じゃ〜 この 広さは… ?
 
 
続く…
 
2006.1.25 
 

現場デビュー  B
 
 
最初の仕事は 玉磨き
 
10Kwのスポットライトなら
直径40cmの電球で
フィラメントが蒸発し
煤(すす)で黒くなっているので
球内に 砂状のモノが入っていて
電球を振り回して
煤を取る作業
 
1球 5〜8分かかり 1人20球 受持ち
 
次は 覚える 
トレペ・アートレ・パラ・エフ・ダイヤ・黒紗・白紗・ダリング(和製・洋製)
Aフィルタ(1・2・3)・Bフィルタ(1・2・3・5)・タイヤワックス・グラスター
白ケン・黒ケン・ウール・カポック・ハレパネ・ピンチ・アンチ・ソフト・ナシジ(梨地)
フラッグ・黒幕・エレン・ガム・セロ・リャンメン(両面)・バカリャン(カーペット用両面)
メンディング・クレパス・白墨・ウエイトetc etc etc
 
メモ しよー としたら
〜カ! 覚えろ!」と K先輩
いじわる〜
 
隣のヤツ
「覚えられっかよ…」
つぶやく
 
最後に スタジオ掃除
 
その日は 終わり
 
大和駅前の旅館
四畳半に4人の雑魚寝
 
いよいよ 明日から だ
 
K先輩 
ワタクシ以外の2人には
ポカポカと頭を叩くが
いまだ ワタクシに
手を出さず…
 
 
続く…
 
2006.1.26 
 
 
 
現場デビュー  C
 
 
FェアLディ Z
 
モックアップ
 
お前ら ゼッタイに触るな!
 
デザイン室の人とエンジニアの人と先輩達が 
静々と ブツを押して スタジオ入る
 
タイアとバンパー以外は粘土(クレイ)で出来ているので
触るとヘコむと 伝わってくる
ヘコむンだ
 
おッ! 4人乗りだ…!」と 隣のヤツが 小声で言う
まンない事 言うんじゃい!」と K先輩
 
ワタクシ 車に詳しくないが
2×2(ツーバイツー)と 云うらしい…
 
タイヤ位置をバミッた所に
正確に幅寄(はばよ)せされる
 
ービス れろ!」 ライトチーフのNさん
 
イ!」 K先輩 10Kwスポットに走る
 
労田 線しろ!
 
イ! 初めての仕事だぁ
 
焦っているので ハーモニカ(コンセントボックス)に刺さらない
くしろ 鹿!
全体重を10Kwプラグにかける
 
結線 完了
 
フ 〜  ゥ
 
チ チ チ バチ〜ン と
数回に分けて 
断球防止をしながら
スイッチON
 
ドーム上のスタジオの天井に灯りがともる
 
一杯 ラし」 Nさん
イ!」 「一杯ですっ!」 K先輩
 
そして
 
カメラのアングル探し
 
我々 ペーペーは 遠巻きで見守る
K先輩も…
 
ディレクターのSさん 
もっと グリルを ッと 大きく ースをつけて欲しー なー
言葉はカルいが 要求は キビしいそー 
 
数分後
ポラを切ったカメラマン
こんな 感じ ですか ね 。
と Sさんに差し出す
 
ディレクター 「もー 少しーアンで、アは もっと 小さく理して下さったホーが ー ですね…
と ジェントリーっぽく
 
ポラは 次々 切られ
もー 20枚くらいは
貼りパネに整然とピンナップされる
 
 
我々 動けず
 
 
続く…
 
2006.1.27



現場デビュー  D
 
 
がらんと 大きなスタジオ
 
照明が消えた 隅のテーブルで
古いTシャツやボロの綿の下着を
20〜30cm角に切ってウエスにする
作業を続ける
 
スタジオの外は そろそろ 日が暮れる
 
朝9時 FェアLディが入って から
もー 夕方6時近い
 
隣のヤツ
あのカメラマンは車の撮影で有名なさんだぜ…
ツマらない事をツブやく…
 
ワタクシの 今の 関心事は
先輩の Kさん の動きと
セカンドの Oさん
ライトチーフの Nさん 
の考えている事にしか・・・・
 
その他
 
興味 無し!
 
 
ポラの枚数は とっくに 50を超えている
 
カメラ回りは 煙草の煙が 裸のアイランに照らされて 濃霧のようになっている
 
K先輩
いッ 灰皿とコーヒー」 
隣のヤツに ささやく
 
 い」と 締まりの無い 返事をしている
 
紙コップにコーヒーを7〜8個 入れ
カメラが据えられている イントレの方に向かう
山盛りに溜まった 灰皿を掃除   
 
ワタクシ K先輩に
チーフのNさんは カッコイー人ですね ? 」と言うと
〜か 長だよ」と 吐き捨てるように
 
沈黙
 
やってんだ ! お
 
Nさんの声 スタジオ中に さく裂
 
見ると
隣のヤツ
貼れパネのポラを眺めている 
 
片手の紙コップを灰皿にしながら
箱馬に座って 煙草を吹かしている
 
鹿ッ!  ツマみ
いませんッ!」と K先輩
〜 んで…!隣のヤツ
鹿! い!」Kさん
 
隣のヤツ スタジオから 消える
 
静寂
 
しばらくして
 
K先輩と一緒に
ヒョッコりと M が入ってくる
 
今日の昼飯時にも 二言三言 話した
 
こいつは出来る!
30人の中で要注意人物である
 
いつもニコニコして 大柄だけど 動きは 鋭い
 
 
ボクの と−めん ライバルだ!
 
 
続く…


2006.1.28


現場デビュー  E
 
 
じゃ〜 これで お願いしま〜 す 」
晴れやかに ディレクターのSさんの声が スタジオに響く
 
アングルが決まったのだ
 
定!」ライトチーフのNさん
 
イントレ上のセカンドのOさん
両手を口に当てて
我々の方に 「定!」 と 大声で叫ぶ
 
K先輩も「ッテー !」とモノに憑(つ)かれたように
スタジオの隅にある  
サンドウエイト(砂袋)の置き場に走る。
 
これ カメラに 持ってケッ!」とボンボンと
ウエイトを放り出す。
 
ワタクシも M も何が何だか 訳が分からないまゝ
ウエイトを持って走る 走る
 
イントレ上のOさん
鹿! かにしろ!」と一喝され
イントレの下にウエイトを12〜3個 置いて
少し 引き下がる
 
イントレの階段にK先輩が中継に入り
 がサンドウエイトを1個づつ手渡す
ワタクシはに…
 
K先輩から 受け取ったOさん
銀色の無骨な三脚(GITZO)
パーン棒や脚のレバーに
ユックリとウエイトを引っ掛けて
ガチガチに固定している
 
少し遠目で見ると
三脚というより
一塊の土嚢(どのう)の様に見える
 
ここは戦場か?
 
決定したカメラは 死んでも動かさない」らしい…
 
カメラマンのWさんとハウスの2人のアシスタントは
ワタシ達が さっきまで作業をしていた 暗いテーブルで
コーヒーを飲んでいる
 
チーフのNさんは モックアップのFェアLディの回りを歩きながら
口に手を当て 独り言を言っているように 見える
 
セカンドのOさん
(三脚の固定)OKです!
と Nさんに向かって
 
こにロースタで10Kw 5Kw 5Kw 5Kw 2Kw
アはノーマルで じッ! 」と 指差しながらNさん
 
イ!Oさん
イ!K先輩
 
 お前 Oさん
イ!
 
労田 来い!K先輩
 
こっちOさん
 
10Kwをロースタンドにセットし
バーンドアを 叩くように 大きく開けながら
M 手ッ!
 
M ズボンの後ろポケットに突っ込んでいた
自分の軍手をOさんに サッと 渡し
ひるがえって 結線をしている  速い 
 
 が 声 出す
 
チ チ 
 
鹿! 手しろ!
 
Oさんが10Kwの頭体スイッチ すでに入れていたので
M がハーモニカボックスにプラグを突っ込んだ瞬間に 火花が飛んだ ようだ
 
 
軍手だ 軍手っ!
ワタクシ 慌てて 軍手を探す
 
K先輩は 素手だ…!
 
 
続く…
 
2006.1.30 
 

現場デビュー  F
 
 
ワタクシの軍手は 
不覚にも
さっきの テーブルに置きっぱなし
 
よく見ると
K先輩の尻のポケットにチャンと軍手が入っている
 
ワタクシ その軍手をサッと抜き
K先輩に差し出す
 
余計なことは なくってい!」と怒鳴られ
仕方なく
再び 尻ポケットに突っ込もうとしたら
鹿! 持ちの悪いことするッ!
って られた…
 
ショボン 。
 
 
10Kwタンド!
イッ!
10Kw用のスタンドは重い
キャスター付きなので
ゴロゴロと転がして運んでいたら
鹿! てッ!」と K先輩の 叫び声
と共に 
10Kwスタンドを ヒッタくられ
高々とキャスター部を上にして
ヒヨイヒョイと 去って行った
 
ショボ… 。
 
労田 っち てッ!
と大きな10Kwの灯体を
2人で「」と持ち上げて
スタンドにセット
 
Kwのスタンド 本 Kw 本!
イ!
今度は スタンドをK先輩の様に 高々と 持ち上げて
アバウトな場所に置く
 
セット完了!
 
全ての結線もした!
 
向こう側で 
Oさん  のチームは ライティングが始まっている
灯ぉ〜 一杯 (しぼ)で〜 す! 」Oさん
〜し  右 チョイ右 もー チョイ OK! バレ バレ バレ OK!決まり! 」とチーフのNさんが大声で言うと
Oさんも「 右 チョイ もー チョイ」と催眠術に掛かったように 大声で繰り返す
紗 枚!
イ!」と  走る
 
1灯当たりの決めの時間 約1分
 
早い!!
 
Oさんのチーム 完了 
 
K先輩
ア いきま〜す 10Kw おいしま〜 す 灯ぉ 一杯 (しぼ)です
Nさんん ん うな… !」と チョッと 沈黙
 あの扉のガンガン註@ の 当たりから…!
イ!
 
って 
コード類やら箱馬やら砂袋やらが
散在していて 移動って…
ガンガンまで15メーター以上はある
 
労田 10Kw けッ!
イ!」と 10Kwプラブを抜く
 
K先輩 10Kwの灯体からもケーブルプラグ 抜いている
何 するんだろ…? って 思ってたら
 
スタンドに左手
灯体のアームに右手で握って
スタンドのキャスター部を 蹴り入れてるッ
ー っ 10Kwがスタンドごと 転倒する ゾッ!
って 
思ったら
K先輩 10Kwを かついだ!
顔は 血管が浮いて コワイ!
で も 
ヒョイ ヒョイ と 走ってる…!
夢か 奇跡か 幻か
ッコ !!
 
ガッシャ〜ン と ガンガンの横に 10Kwを置いた
 
労田 
イッ!
ハーモニカボックスを移動させ 
K先輩が灯体にプラグを挿すのを確かめ
結線
 
10Kw OK!でーす!
灯!Nさん
お〜 一杯 絞(しぼ)です!
ー と  下 下 チョイ もー チョイ チョイ  バレ バレ バレ 一杯バラシ で… OK!決まり! ちッ!
労田 フ!
イ!
 
ワタクシ 走る 。
 
 
 
註@ ガンガンは石油など入れる金属製の四角い一斗缶で 冬場は薪を入れて暖房 通常 タバコの吸殻入れとして映画の撮影所の隅っこに置かれている。
 
 
続く…
 
2006.1.31 
 
 

現場デビュー  G
 
 
すべてのライトがまった 。
 
30分程で 終わるなんて
そんな ものなの かな って 気が抜ける
 
K先輩に「完成ですか?」って聞くと
ラフ・ライトだよ」と返ってくる
 
裸婦… ?
ん〜 な 訳 ない ない
 
ま〜 これ以上は 聞けない
バカ呼ばわりされるに 決まっている
ただ 終わりじゃ〜ない って事は 分かった
 
 
しばらくして
 
ディレクターのSさん
続いて
カメラクルーの3人が ゾロゾロとスタジオに入ってきた
 
ゼントー!註@ 走って ライトのスイッチを
ONにしながら 叫ぶ Oさん
K先輩も「ゼントー!」 と声 出しながら
次々とスイッチON
Mもワタクシも 従う 。
 
 
ポラ 切られる
 
い 感じ ですね〜 」ディレクターのSさん
 
静かなスタジオなので イントレ上の会話が聞こえる
 
このハイライト もー チョッと ばした方が 
いンじゃ〜ないなっ?
カメラマンのWさん
 
 
人 は ってろ バーカッ!
Nさん 低い声だが よく響いた
 
Wさんを睨んでいる
 
Wさん 見る見る内に 顔が赤くなる
Nさん 血の気がサッと引けて 青白い
 
長い沈黙 だった 気がする
 
ん このハイライトは このままで結構です!
ただ ノーズ部分のハイライトは 
もう少し ッと 力が あった方が良いあ 
明るい声のSさんだが 
目は チーフのNさんに「 止せっ!」と言っている
 
 
むかし Nさん 日本刀を持って
カメラマンを追い掛け回したことあったナァ 
と 静かに
K先輩が 前を向いたまま 話す
少年の様に 唇が 少し笑っている
 
しばらくし 
何も無かったように
Oさんチーム側のライトに手直しが入る
 
再び ポラ
 
 決定 です  」爽やかにSディレクター
今日は 終了って こと で 」と続けて言った
 
時計を見ると 
9時を少し回っている
 
全部のライトを消し
オオザッパに片付けをし
スタジオを出たのは10時だった
 
軍手をしていなかった 手を見ると
黒々と汚れ あちこちに 血が付いていた 。
 
明日 いよいよライティングの本番だ と 聞く
 
 
続く…
 
註@ ゼントー 全灯 すべてのライトを点灯させる
 
2006.2.1 
 
 
 
 

現場デビュー  H
 
 
の花が咲き出している
 
スタジオへの移動のロングバンの中から見る風景
 
まだ 3日目だけれど ずいぶ監禁されている様な気がする
と 云うか
だろう… 。
 
 
昨夜 宿で 酒飲みながら
K先輩に『出身何処ですか』って 聞いたら
一瞬 真顔になり
しばらくして
新潟だよ」って言っていた。
 
昨日のスタジオで
ですけど…』と 言ったら
「『でっけど』って言うんじゃない! 大阪弁を使うな」って K先輩に
怒鳴られたのを フと 思い出した。
 
9:00
スタジオ入り
 
昨日まで 白かったホリゾントは
グレーに塗り替えられている
定年を とっくに過ぎた様なオジちゃんが
触っちゃいけないハズの FェアLディ Z 回りを
平気でロールブラシでゴシゴシしている
恐らく 日常 なんだろう な
丸秘で あろうが…
モックアップで あろうが…
関係無く
指定された 灰色のペンキを塗るだけであって
毎日 毎日 しているのだから
ペンキを余計な所に飛ばしてしまう と いう
ヘマなど トーゼン しなくて
日常的にショリしているのだろう な… 
って 思った。
 
 
労田 Nさん んで来い
Oさんが言う
 
別棟の休憩室でコーヒーを飲んでいるはずの
Nさんを呼びに行く 役目 って 
コワい…
 
昨夜 みんなが大量のビールを飲んでいる時に
Nさんは 一人 上座で
日本酒を 黙々と手酌していて
目が完全にイッてしまっていても
誰も 何も 言わずにフツーに宴会している
その雰囲気にを感じ 
また 恐ろしさ を覚えた
 
… その Nさん を 
ボクが 呼ぶん ですか ?
 
 
スタジオを出る
 
休憩所の戸をガラガラと開ける
 
背中を向けて座っている Nさん
コーヒーポットしかない方向に向いて
背もたれにドッと体を預けている
 
すいません… 始まりま〜 っす
 
おおっ 分かった
 
会話はそれだけで 済んだ 
ホ ッ 
 
 
午前中
 
各ライトを再調整し
午後から
色補正に入った
黄色にヘタったライトにはB系のフィルタ
まだ新しいライトにはA系のフィルタ
タイヤへのエリスポは大体が青いので
A2をそれぞれかける
 
決定したライトは
サンドウエイトで
死んでも固定する
 
電源ラインは 蹴っても動かないように
ガムテもしくはサンドウエイトで 
要所要所 押さえる
 
タイヤトレッドは一度ワックスをかけて
ピカピカにしてから
白墨を粉にして ラインを強調する
 
午後3時
 
ホリゾントの天井部に近いアールに
のルーフの写り込みのラインを
ペンキ屋のオジさんが
指定された通りにローラブラシで
職人っぽく 間違いなく
黒ペンキを塗っている
 
のボディーの写り込みの
黒〆(くろじめ)用に 黒幕を10m
所々 スタンドで持ち上げたりして
ラインを形成する
 
色出しのライト
10Kwでカメラの真後ろから
ハイ・ハイスタンドで8mくらいから 打つ
余計な部分は黒フラッグでカット
 
イントレ ギリギリに
切り用のスタンド乱立する
 
三脚に 気違いジみた土嚢(どのう)が
必要なのが 
分かった 
 
午後6時
 
今日 カメラクルーを まだ 一度も見ていない
 
 
続く…
 
2006.2.2 

現場デビュー  I
 
 
仕出しの弁当を 喰う
 
M 「あいつも いなくなったよ…」 と言った
照明のアルバイトって聞いて さー
外人のモデルとか と 一緒に仕事が出来ると思って さー
『ゾウキンみたく やってランねー 』って
今朝 トンずらしたらしいぜ… 」
 
カンケー ないねー  』と答えた
 
逃げた or 首になったヤツらが
もー 5人になるという
 
オレはオレ お前はお前 他人(ひと)は他人で ってコトだな! 』と M
 
 
 
スタジオに戻る
 
OさんとNさんがイントレの上で 話をしている
K先輩は グリルおこしの エフを張った木枠の前で立っている
 
K やっぱ バラしてくれ… 」とイントレを下りたOさんが 言った
 
か  らしい
 
Nさん イントレの上のパイプ椅子に 座って 頭を垂れている
 
木枠と2Kwスポットを2台
とりあえず 撤去
 
お前ら 10分ほど コーヒーでも飲んでくれ 」Nさん
 
ワタクシ 隅のテーブル横のワゴンのコーヒーメーカーに
向かって走ろうとしたら
バカ 休憩室」とOさんに言われた
 
Nさんを残して 全員スタジオを出る
 
 
休憩室
 
Mがコーヒーを準備している
めずらしいですね… Nさん 」
K先輩がOさんに囁く
ま〜 なツ 疲れてンじゃー ないかなッ だし… 
 
参加できそうも無いので
ワタクシ休憩室を出て
 
扉が20cm程 開いている 別のスタジオを覗いた
 
バーカッ 何やってンだよッ 早くしろッ!」 聞こえる
 
何処も 同じよー だ
 
海外向けのDッツンのトラックだ
ここは 色出しのライトが まだ 無いので
そーとー 遅れてるのかな…?
 
苦労田 見るなッ!
スタジオの中から S先輩が叫ぶ  
閉めとけッ!
誰かが 走って来て 閉めた
 
 
空には 絵に描いたような 半月が 浮かんでいる
 
 
全員でスタジオに戻る
 
木枠 2Kw2台が 撤去前と同じ様に
セットされている
OさんK先輩が顔を見合わせている
Nさん 自分で 動いたらしい
 
これで いくよ… 」とNさん
チョッと 右 アオってくれ」と続けて 言った
 
Oさん 走って 右2Kwスポットを
無し!」「有り!」「無し!」「有り!」と繰り返し
スイッチON・OFFする
 
パラだね… 」
M 走って パラフィンを持ってきて Oさんに渡す
ハイ パラ いち(1)
(2) は?
ハイ に です
いちで 良い!
M ピンチを差し出す
 
今日は もー ここまでにしよう !」と張りの無い声で 言う
明日は 仕上げだけど オレ チョッと 遅れるから…」とNさん
 
そのままスタジオを出て行った
 
 
続く…
 
2006.2.3 

 
現場デビュー  J
 
 
宿の朝食は いつも 同じ
 
納豆
カマボコ 4切れ
ニコニコ海苔 1包み
鯵の開き 
生卵
 
そして
 
ワカメと豆腐の 味噌汁
お代わり自由な ご飯
 
これといって 代わり映えしない が
ワタクシ ここの (アジ)開きは 好きだ
何でも 毎朝 沼津の港から直送している という
 
味覚音痴な ワタクシですが
この 鯵の開きは 猫のように 喰らいついてた 。
 
でも 回りのみんなが 
旅館のメシって まっず〜 い 」と 言うので
 
「そー かなっ… 」と だけ 答えていた
 
 
スタジオに到着
 
扉を開ける
 
一週間前の
ワタクシ だったら
このスタジオの状況を
全く 理解できなかったと 思う
 
ブツ(FェアLディ) が まず 見えない
黒幕が 乱立していて
扉を開けると 真っ暗である
 
30頭余りもセットされた ライトは
色出しとか 以外は
ブツに1ツも当たってなく て
全てが 壁(ホリゾント)に向かっている
 
この状態を ほぼ理解できる
今の自分に ちょっとした 自慢にフケっていた
 
 
労田 メラマン んで来い!
 
ヤ な 気持ち になった
が…
休憩室に 向かう
 
スタジオに お願い しま〜 す 」
何度も何度も 頭の中で 練習した 言葉
 
いッ 。」 と
 
カメラマンのWさん 
ワタクシのようなぺーぺーに 
丁寧な 返事を 
返してくれた
 
チョッと 嬉しく 小躍りで スタジオへ
 
 
エライ先輩(社長のNさんの次くらい)さん が
スタジオ入り している
 
明日は 仕上げ(のスプレー)日だから 応援が来る
と K先輩に 昨夜 聞いた
 
今日のTさん セカンドのOさん
と 後もう 一人が
スプレーの天才’で
つや消しスプレーのだ という
 
 
 
お早う… 」と Wさんを先頭に カメラクルーが スタジオ入り
 
Tさん イントレから降りてきて
ポラ お願いしたいんですが… 」
 
Wさん
はい 了解!
 
Tさん
全灯!
 
ポラ 露光時間 1分30秒
 
Tさん
ありがとうございました 。
 
Wさん アシスタントに
スタジオに居るように」言い残し
スタジオを出る
 
Tさん
カメラクルーのアシスタントに
4×5カメラのピントグラス
外してもらいっている
 
 
ワタシ達 ライトクルーは
カメラに‘ドンタッチ’である
特に 決定したカメラは 
 
 
ピントグラスが外された 
4×5の空洞
Tさんがルーペで見ている
 
 
 指 出してッ!
と Tさん
ルーフの カメラ側のアール  所!
 
Oさん 指を さしている
cm 上!
Oさん 指を移動
そこッ! マーク!
K先輩 サッと マスキングテープでマーク
 
Tさん 続けて
下に 10cm!
 
Oさん 指 移動
チョイ 下!」 「そこ マーク!
Tさん
その間を 5mmの幅で テーピングしてみて
 
K先輩 15cmくらいにマスキングを切って Oさんに渡す
 
 とりあえず 一回 ラフに貼ってみるね 
OK!!」Tさん
 どー ?」Oさん
上 OK!! 下を1mm 外へ!」Tさん
 どー ? 」貼りなおして Oさん
OK!! 決まり!
 
ライトの写り込みを探している
 
特に 色出しのライト
(なま)なので
フィルム上でピンホールになって白く抜ける 
と K先輩から 説明を受けた
 
 
細かい作業が 続く
 
 デザイン室の人 呼んで来てくれッ!
 
その間も ルーペを覗き込んで
作業は続いていく
 
マスキングで囲われた(マークした)数 
20ヶ所に及ぶ…
 
 
デザイン室の人が
イントレに上がる
 
今 マークしている部分に
つや消しスプレー
かけても良いか の
確認をしている
 
と K先輩に教えてもらう
バタバタと忙しくはない
K先輩は 恐くは ない
 
 
続く…
 
2006.2.6 
 

現場デビュー  K
 
 
 
Tさん&Oさん
myスプレ
5〜6本 確保している
 
和製(堀内?)
洋製(クライロン)
アンチ
と 数種類の つや消し用スプレー
使い分ける
 
ノズルも数種類の
myがあった
 
ベタに塗る
グラデーションを作る
梨地っぽくする
白色に見せる
 
それは それは  であり  でした
 
 
バケツに湯を入れて
その2〜3本のスプレーを浸している
スプレー圧を高めるためだ
 
ベタ塗り用は 
それ程 品質は問わないのか
又 多量に使うので
スプレー缶を
ライトの上に置いて
適当に 温める
 
 
ポ〜ン!
ヴァッコ〜 
 
大爆音
 
見ると
10Kwの上に置いていた
スプレーが破裂
そして
液洩れして
10Kwの球も爆発
 
タップ 抜けッ!
と Tさん
 
しかし
あまり 驚いた様子じゃ〜なく
またか…
見たいに 
落ち着いて 
作業を続けている
 
 
よく ある こと なのか ?
 
 
 
午後1時 過ぎ
 
 
チーフのNさん スタジオ入り
 
TさんOさんと 
軽口をたたいている
昨夜とは 違う 感じ だ
 
 
午後4時
 
 
スプレー作業終了
 
ワタクシとK先輩は
スタジオの扉を 一杯に開け
戸口で
貼りパネを 
大きく アオる
 
スタジオに溜まった
スプレーの煙を
人間換気扇 しているのだ
 
ついでに
本番前なので
タバコの煙も
抜いている
 
 
キレイな空気になった スタジオ
 
いよいよ
全体にマスクされた
トレペを剥がす
 
スプレーを 
触らないように
用心&用心
 
スプレーの  さん
スタジオを去っていく 。
 
 
 
 
リルおこし 00w 台 してくれッ!
チーフのNさん
 
いッ!」K先輩
ワタクシも 走る
 
先に決まっていた 2Kw2台より少し 遠目で
500W 2台 セッティング
 
点灯!
 
1台目は K先輩
2台目を準備していたワタクシに
苦労(クロ) (操作を)やって良いぞッ!」と K先輩が言った
 
 
K! まりッ! 完成〜ッ!
Nさん 満足気 だっ!
 
 
最後のライトを ワタクシが めた
 
ウレシイ…
 
 
 
全灯!!
 
 
続く…


2006.2.7
 
現場デビュー  L
 
 
入れ替えられた スタジオの空気
 
春の
爽やかで いて
少し 冷たく
ピーンと 張り詰めているよー な
 
本番前の 緊張感に ふさわしいと思った 。
 
 
K先輩
「いつもだったら 本番に立会わないンだよな… Nさん 」
 
スタジオの隅のテーブルで
煙草を吸っている
Nさんを見ながら 
言った
 
ワタクシ
『そ〜 なんですか…?』
K先輩
「本番は カメラマンの仕事だから 『関係無い!』って… 」
ワタクシ
「へー 」
K先輩
「まッ  駅貼りB倍 だからな… 」
ワタクシ
『エキバリのビーバイ ですか(????)』
 
 
 
Mが呼びに走った
ディレクターのSさん
カメラマンのWさん
そして ハウスの2人のアシスタントが
スタジオ in
 
Oさん
お願いしま〜 すッ! 」
 
 
Nさん 
知らん顔をしている
 
 
K先輩
本番中 苦労(くろ)は ここで Mは あそこで
黒ケンとか 落ちないか チェックしろッ!!」 
 
 
テープ類は熱で接着力が落ちる
 
 
ワタクシ イントレ前の黒幕の裏でスタンバイ
Mは 対面の 黒幕の裏
 
 いきま〜 すッ 
カメラアシストのチーフが
大声で言う
 
 
が裏返って
オカしい…
 
 
ポラ 1分30秒
 
 
〜 ん 良いですね… 
ディレクターのSさん
ゃ〜 ッ 本番 お願いしま〜 す 」 と
 
 
 
Oさん
ホンバ〜 ン!
K先輩
ホンバ〜 ン!
M&ワタクシ
ホンバ〜 ン!
 
 
Nさん 
 
黙って 
イントレの方を 
睨んでいる 。
 
 
 
露光時間は 最長5分
(だったと思う)
 
 
カメラマンのWさん
アシスタントに話したり
ディレクターのSさんに確認したり
して
時計を見ていない… ?
 
向いにいるMも
ワタクシも 
不思議に思う
 
4分 お願いしまっす。
カメラマンのチーフ
 
Mとワタクシ
シャッターを切ると同時に
腕時計で確認する
 
Wさん 
矢張り
ストップウオッチなんか
見ていない様子
 
カシャッ
 
腕時計を見た
きっかり 00
 
ワタクシ 
きの目
Wさんを見上げた
 
Wさん
コッって
笑い 返した
 
 
やっぱ 天才だ…!
 
 
 
20カットくらい 撮った
 
 
ラス ポラ いきま〜 すッ!
 
おいおい 
が引っくり返ってる ゾー !
 
 
 
はい 。
Wさん 
ディレクターのSさんに
ポラを手渡す
 
「・・・・・・・・・・・・・ お疲れ様でした 。 
 
 
 
SさんWさん握手をしている
そして
イントレの下に居てたOさんとも 握手
 
全員
お疲れ様でした〜 ッ! 
 
 
 
終わったのだ 。
 
 
Nさんの方を見た
 
イントレに向かって
ポケットに突っ込んでいた左手を 挙げ
頭を 軽く 下げて
 
スタジオを出て行った 。
 
 
 
やっと
終わりました 。
 
 
ps 続 く か も …
 
 
2006.2.8
 
 




 
現場デビュー  あとがき @
 
 
30年前 
この ギョ〜カイに デビューした 
きっかけを 話しました。
 
今から 考えると 
アナログアジア(後進国)な 話だな〜 
って 思っています
 
でも…
楽しかったンですよ… 
ホント! 
 
毎日毎日が
戦争の様な日々でした 。
 
が咲きはじめた頃から
朝顔れるまで
 
つまり…
半袖からトレーナーまでの
100日余り
 
N産自動車 綾瀬スタジオに
缶詰になってました。
 
 
Bルーバード
Sカイライン
Gロリア
etc &etc …
色々な車種を
ヤッツけました…
 
K先輩の様に
10Kwも持てるように頑張りました
し…
 
つや消しのスプレーも
には届かないけれど
お地蔵さん くらいには
なったと思ってます。
 
 
昼休みに
スタジオでは
高級オーディオセットを
(ライトマン社が) 持ち込んでいて
 
テキトーにカセットを
カシャカシャ入れ替えて も
ガンガン 鳴らし ても
OK!! 
だったので
 
あの頃
好きだった 曲
 
荒井由美
  ♪ 山手のドルフィンは 静かなレストラン ♪
  ♪ ベルベット・イースター 小雨の朝 ♪
 
山崎ハコ 「飛びます」
 
吉田美奈子 「夢で逢えたら」
なんか を
 
撮影の無い日に
彼女に頼んで
マイ・ベストを録音&編集カセットし
 
夏の盛りの
熱い 
昼休み
 
スタジオで
大々音量で聞いて
浸っていました
NさんOさん
スタジオのどっかから 
登場して
れ (くろ)の セット ? 」って言われ
いッ!』って 
答え て…
 
なんか 怒られるのかな… 
って 
カマえて たら
良い味してるな 」 って
言われた時は
 
嬉しかった のを 思い出しました。
 
 
 
 
続く
 
ps おいおい! 後書 つづけて どー すんネン!!

2006.2.9

現場デビュー  あとがき A
 
 
その年の 11月の暮れ
横浜ロケがありました。
 
新車種の大量な撮影は
9月の半ばに終わったンですが
ポツポツと 
単発の仕事の依頼はありました。
 
宿泊ロケでした。
 
Mとワタクシが呼ばれ
1日目の撮影 終了
 
宿で M と 酒を 飲む
 
「30人もいた アルバイトで 残ったのは
俺達二人だけだな… 」
みたいな
会話をしていたと 
思います。
 
そこに
突然
るぞッ…?」 と
ガラッと 襖 開けて
出現したのは
さん でした
 
一升瓶を
ブラさげて
 
っても良いか… ? 」
 
ワタシ達は
驚きました
(こんな事は 初めてである)
 
か降臨したみたいに…
 
労田 うち に 入ンないか… ? 」
唐突に 
言われた 。
 
 
M も居るのに…
 
ええッ… 良いんですか??
 
うれしかった
 
ライトマンの会社 
の 
一員になれるなんて
 
天にも舞う 気持ちでした
 
その日 
その後
の事は 
覚えていません。
 
 
ただ
色々なことがあって
S社に就職しなかったのですが
その話は
 
機会があれば
しようと
思っています。
 
 
ワタクシが関西に戻ってきて
ズーッと ギョ〜カイ に居ながら
 
ンで 苦労田クン メラマン せー へんノン?
 
って 質問を 受け続けました
が…
やっぱり
ワタクシの原点
ライトマンであり
カメラマンでは無いよー です。
 
 
終り
 
ps 綾瀬スタジオは閉鎖されました。
   ライトマン社のSは かなりの昔に社名が変わった らしい と 聞く。

2006.2.10

写真展 岡本太郎の視線
 
 
 
山の手の高台で電車の交叉点になっている十字路がある。
十字路の間からまた一筋細くわかれ出て下町への谷に向く坂道がある。
坂道の途中に八幡宮の境内けいだいと向い合って名物のどじょう店がある。
拭き磨いた千本格子の真中に入口を開けて古い暖簾のれんが懸けてある。
 
暖簾にはお家流の文字で白く「いのち」と染め出してある。
 
 
岡本かの子の『家霊』の書き出しです。
 
 
とんとんとんからりと隣組

格子を開ければ顔なじみ

廻して頂戴 回覧板

知らせられたり知らせたり
 
岡本一平の作詞の『隣組』の曲の一番です。
 
 
この二人の芸術家の子供
岡本太郎 の写真展が
東京都写真美術館 で
やってます。
 
 
2月18日
 
家族 三人 
見に行く予定にしています。
 
あの ゲイジュツをバクハツさせた 人の
筆ではなく フィルムで 描いたモノを
 
見たいな と 思っています。
 
 
では…
 
2006.2.13 
植田正治 良いですね…?
 
 
あの頃…
 
1976年 春
当時 学生でありながら
バイト生活に追われ
プライベート面では
悲惨なジョ〜キョウで
東京を逃げだそう と 決意 。
 
回りの 友人達に
別れを 告げたら
苦労田 大阪に戻って
フツーの生活に戻るのか?
河原乞食になってでも
作家活動する って
言ってたじゃ〜ないか ? 
って サゲスマされました。
 
当時
シュール流行(ばや)り で
脳味噌スポンジの 我々は
超現実主義に 
速攻! 染まってしまいました。
 
「オレ 大阪の写真のギョ〜カイ
に入って
シュールな写真をする為に 
色々な
仕掛けのテクを覚えるンだ!」
ん〜で 
「オレ ルネ・マグリット風な
写真を撮るッ!!」
って
ワタクシ ノタマっていました。
 
帰阪して しばらくし
ヴィジュアル・スキャンダル
と言われた十文字美信の
松下電器の仕掛け写真シリーズが 
持て囃されました。
 
勝手に
オレの時代が来たッ!
って 思いました。
 
ソーコーしてる うちに 
段々と ワタクシ 枯れてきまして
 
最近までは
 
「植田正治な写真を撮ろ〜 かな… 」
って 思ってましたが…
 
今では
「植田正治の鳥取県にある写真美術館に行きたい…」
なってしまいました。
 
 
チャンチャン!

 
ps 昔 ビールの広告で マグリットの ピレネーの城 をモチーフにした様なポスターありましたよね… 
   サッポロかな? アサヒかもね…?
 
2006.2.14
彼女の名前は?
 
 
マリエッタ・ストロッチ
 
 
昔 サラリーマンを辞め
大阪の親許から 逃げる方法として
大学に進学するッ!』って 方便を使いました。
 
最初に頭に浮かんだのが
芸系の大学です。
 
いかすジャン!
 
って 思って…
 
東京・金沢・(出来立ての)愛知
の各芸系大学を ロケハンしました
バカですね… )
京都にもあるのですが
それだと 家出ができません ので…
 
ん〜 で
絶対 金沢と決め
勉強 始めたンですが
 
デッサンが必須だったのです。
 
王寺美術館
(今の大阪市立美術館) 
の地下に
絵画教室があったので
 
会員になり
デッサンの教室に入りました
 
雰囲気ありましたぁ…
 
天井が高く
物音立てないよう静かに…
大きな教室に10人程度
美大狙いなヤツ達が いました。
 
勝手に 自分の好きな 石膏像と向かい合い
素描にイソしんでいます。
 
そして
初めて ワタクシが選んだのが
マリエッタ・ストロッチ でした。
 
ホンで から…
ですね…
 
その彼女
間もなく 我が家に来ます
 
宅配で…
 
楽しみで ドキドキ です。
 
だって 再会 だもの…
 
 
ッ!! 芸系進学は 〜 なった か って?』
 
そんな… 3〜4年も 絵浪人しているヤツの
実力に敵う分け ネ〜 じゃん !!
って 1ヶ月もしない内に止めちゃいました。
 
 
チャンチャン!



2006.2.16


写真学科 入試に挑む!
 
 
試験日 1974年2月
 
傾向と対策を 練る…
 
国語と英語は ダイジョ〜ブ
大の偏差値 
(当時は平均点)はクリアー
 
残るは
小論文と面接
 
面接
恐らく
無難にスルーだろう し
悩んでも 仕方ない。
 
問題は小論文
 
赤本(旺文社『傾向と対策』)を買ってきて読む
 
下記の写真の中から1つ選び その感想を書きなさい
赤本には『感想文の』みたいなンが添えられていた
 
な〜 んや そんなんかいな…
 
で…
天王寺の図書館に行って
写真関連の本 腕一杯に
棚から選んで
 
自習室へ
 
ダゲレオタイプ
 
このネタ 古過ぎ ポイ!
 
シュールリアシリズムのマン・レイ
 
おおッ! これ絶対 
 
写真家集団f64(えふろくじゅうよん)
アンセル・アダムスやエドワード・ウェストン
 
これこれ 出るッ!
 
写真家集団マグナム
アンリ・カルティエ=ブレッソンやロバート・キャパ
 
フォト・ジャーナリズムは 押さえンと…
 
と 
図書館から写真集を可能な限り
借り出して
 
自宅にコモり 
ページをめくりながら
1枚&1枚の写真に向かって
独り言 モゴモゴ 言い続けました。
 
 
かくして 
受験当日
小論文
 
5枚ほどの白黒写真が提示してあり
下記の写真の中から1つ選び』 ましたのが
 
アンリ・カルティエ=ブレッソン
雪降る公園を
真フカンで撮影されている
ヤツで
何度も&何度も
訓練 済みの
ヤツでした。
 
ま〜 あ
提示された 5枚全部 
鑑賞済みでした が…
 
面接 難無く&上々なコメントを返し
 
無事
合格
 
実技のデッサンを逃避した
芸系学生が
誕生しました。
 
 
チャンチャン!
 
ps 今でも 感想文に書いた文章 覚えてます (あったり前か…?!) 。

2006.2.16
1970年
 
大阪万博の年です。
 
そして ワタクシが
大阪 海老江にある
T印刷に入社した年でもあります。
 
今宮工業高校 
印刷科(今はメディア科?)
優秀な成績で卒業し(??)
D印刷社かT印刷社か
悩んだ末のことでした。
 
当時 
まだ 万博のポスターや
公式ガイドブックも刷っていました。
 
公式ポスターは
キレイだな… って 思い 
持って帰った 記憶があります。
 
資生堂の
篠山紀信さん撮影
死の谷のB全ポスター
スゴかったです
 
スポンサーがスポンサーですから
印刷現場の人が
色調整にテコズっていたのを
思い出します。
 
黄・赤・藍・墨
通常 この4色刷りですが
B全のポスターともなると
これに各薄色が入り
合計 8色刷りとなるのが多かったですが
この死の谷は肌色系2色を追加し
10色刷りだったと記憶しています。
 
 
1970年の日本は
まさに アクセルを踏み出した様な
状態だと 振り返っています。
 
広告(印刷物)も派手やかさのあった
時代だったんだろうと思います。
 
3年間しかT社にはいなかったですが
時代の現場を肌で感じたような気がします。
 
 
1970年
ビートルズがレット・イット・ビーを残して 
解散した年でもありましたね 。
 
 
 
では…
 
ps 万博の公式ポスター6枚セットが
   今 あれば ソートーな金額らしい です。

2006.2.17




行ってき す
 
 
安売りチケット屋さんで手に入れた
新大阪 ⇔ 東京 の
新幹線の切符
 
本日 
10時過ぎ 
出発
 
デパ地下の惣菜売り場で
車内で食べる
ブランチを調達し
 
昼過ぎには
東京の人
になる
 
今宵の 宿泊は
息子が 一人旅で
泊まった
浅草のカプセルにしよう と
言うのですが
 
仕事の電話を
ケータイに転送して
受け付けなければ
ならないので
 
カプセルでは
ケータイって
ご近所様に 
ごメイワクをかけるから
 
妻とワタクシは
近くに
あれば
ラブホにしようか な
とか…
まだ 決めていません。
 
 
妻は
「浅草といえばどぜうを食べるべき」
オノボリさんの様に
ホザいています。
 
とりあえず
 
写真美術館で
岡本太郎さんに お会いし
 
恵比寿の民芸館は
棟方志功さん
 
ブリジストン美術館の
モネさんの睡蓮
 
とか
その3ツをネントーにして
 
後は…
 
原宿にでも行って
昔 
新聞配達していた頃の
思い出にフケよ〜 か
 
とか
可能な限り 
ユル〜イ予定で…
 
あまり 
深く 
考えて いません。
 
 
 
では…        
 
行ってきます。


2006.2.18


家族小旅 流転記  @
 
 
土曜日 朝 10時過ぎ
 
行ってき す
布団にもぐり込んだまま
キーを打ち終える。
 
妻と息子は
何時でもOK!!」状態
 
ダラダラと 出掛ける 準備
 
昨日 着ていた 服を
基本に チョッとだけ
アレンジ
新しい服を着たりすると
肩がコったり 気遣ったり
してしまうので
 
靴下とベストだけ
タンスから出し New に
 
 
ここ数日
右脚が
ビレが走る
正座した後の
あの様なシビレが…
 
靴を履いて
歩き出すと
コツン ペタン コツン ペタン
締まらない靴音
 
駅に着く
 
パ地下に 行こう…!
 
メ! ダメ!
と二人で合唱される
幸男の独り言に書いてしもタンやけど… なあ… 』
関係えー いッ!」の合唱
 
 
新大阪
 
駅弁屋を見つけて 買う
 
息子
ボク 名古屋駅の 立ち食いの
きし麺を 食べたいので 一本 早い
列車に乗っても 良い?
 
変わったヤツである…
 
ワタクシ達 二人は
のぞみ 12:13発
 
弁当は やっぱ 京都 過ぎてからに しよなッ 
と 訳の分からない 決意を表明
 
名古屋駅 
息子と合流
 
 
かすかな富士山を 目視
 
 
品川駅 着
山手線に乗り換え
恵比寿駅 下車
 
ナビゲーションは
息子である
事前に ネットで調べて
全ては 彼の頭タタき込まれているハズ
 
彼は 早足である
ワタクシは コツン ペタン なので
彼に
 
ん〜 で 何処まで 歩くン?
と 聞いて
息子の指さす方向を見ると…
建物は見えるが  
遥か彼方
 
タクシー ワン・メーター くらいの距離は
ありそ〜 なッ! 
 
と 
思ってたら 
歩く歩道が エイエンと動いている
 
息子 歩く歩道を 早足で…
 
おい おい 東京モンは 皆 まってるゾー!』と
心で叫びつゝ 
コツン ペッタン
 
やっと 歩く歩道の終点
駅舎を出る
 
比寿ーデンプレイスなる建物を
見上げながら
信号待ち
タバコに火をつけようと思い つゝ
何かヘン??
空気が 違う 気がする
 
そー いえば
東京のドコソコ
街中禁煙ってニュースを見たことがある
 
見回すと
誰も 歩きタバコ していない
 
さらに 見渡すと
大きな看板に 煙マーク
 
ヤバイ ヤバイ…
 
タバコを しまう
 
 
続く…





2006.2.20


家族小旅 流転記  A
 
 
「写真展 岡本太郎の視線」
 
最終日だからだろうか?
混んでいる。
 
しくらまんじゅう か?
 
1枚の写真を見るのに
30秒くらい掛かる。
 
ワタクシ 本来
興味の無いモノは
ザーッと飛ばして
見たい物だけは立ち止まって
観覧するので
 
耐えられない…
 
(岡本太郎さん
なか なか
カメラな目線
しっかり してるヤン…)
思いつゝ…
 
次 移動
 
(れッ! これッ ン・レイ やん?!?!)
 
どー いう こと?
 
横にいた 息子に
岡本さんと 違やう やん!
と言ったら
これ パリ留学時代の 友人の写真家たちの… 」
 
ダマされた… !
 
(バート・キャパも ある やん!
真学科のテストかいな…?)
 
ワタクシ 列から 脱離
 
タッ タッ タッと急ぎ足で
ではなく
コツン ペタン コツン ペタンと
チョッとだけ早足で
会場を回りだしました。
 
興味を引くもの無し!
 
ギャラリー出口付近で
ジックリ見学派の 妻を待つ
 
会場の中は 暑い… 。
 
 
地下鉄 比寿駅から 草駅まで 約30分 
 
途中
妻は「ー ッ 丁堀だー ッ
十手 持った人 乗ってこないかな?
だとか
伝馬町って岡っ引き
誰だっけ…? 住んでる所ねッ?
と 池波正太郎愛好家は
妙にhightになっている
 
 
レトロなメトロ駅 浅草
 
地上に上がって 直ぐ
年代モノの建物があった
窓から中を覗くと
酒場であった
 
今夜は こゝに 決定… 』
 
年中 祭りで屋台を出している様な
仲見世を通って
雷門の提灯は正面から
見とかないと… と
コツン ペタンと 人混みの中 歩く
 
ヘンな歩き方をしていると
次に 膝に痛みがくる
もー 歩きたくない
 
雷門正面
カメラを持った人々で 溢れている
 
見ると…
安物のラブホに毛が生えたような
ホテル雷門」が真横に建っている
 
れに しょ〜っ 』
探すの 倒臭いし 
 
と チョッと 投げやりに 決定!
 
 
この町は 良い町だ
あえて
時代を止めている
懐かしい 。
 
大林宣彦監督の映画
『異人たちとの夏』
フッ と 思い出した。
 
 
続く…
 
2006.2.21 
  
家族小旅 流転記  B
 
 
草 一丁目一番一号
明治時代に創業した
神谷バー
三階 割烹神谷
 
浅草駅を降りて
最初に見つけた
あの古い建物
 
本太郎さんの写真
何とも 思わへん かったなあ…』
と ワタクシ
 
昔 ジャズ喫茶で
友人が 
ンチク並べて
ある曲を 解説していたンだけど
全く ぼくには 面白くない
でッ 
う バラードの
ピアノの曲を聴いた時
トースイしたンや… 』
 
酔って 
ゲージュツ論(?)を
ブち はじめていた
 
から… 
好きか 嫌いか
だけで 良いネン
クラッシク 絵画 演劇
術全般 なんでも
自宅に持って帰りたいか…
ど〜 か ?
だけの問題やネン 』
 
 
おいしい
(カレイ)の唐揚を
摘まむ
 
妻と息子を 前に
チョッと 喋り過ぎた…
 
息子
行して 地元の方言を聞こう 
と 思ったら 酒屋に 行けば良い
って 聞いたよ… 」
 
niceな こと ノタまう ヤツ
 
周りの人は
老人ばかりの男女で
同窓会か 何か…
恐らく 住民だろう
 
戦中・戦後に青春を向えた人々で
言葉の流れが
戸落語を聴いてる様に
心地が良い。
 
老人達が飲んでいる
気ブランなるモノを
ハキハキとした
ボーイさんに頼む。
 
 
明日 〜 しょー?
予定を相談
 
ホテル門のフロントから持ってきた
ガイドブックを見ながら…
 
どぜうは良い店があるけど…
11時30分 開店やて…
んな時間やったら
ボクの予定が 狂うよ…!
別に じょうは 良いよ…
ホテルのェックアウトは10時。
一杯 一杯 てたいなあ…
ホテルの食 喰う ? 
 
不味そ… !」と合唱
 
さっき通った クドにしょうか?
朝マックの熟玉子 喰いたい なあ… 
って 冗談で 
言ったつもり が
良いよッ…
良いジャン!
 
と 朝食 決定!
ゃあ 1階フロント集合 10:00 ってことで… 』
 
 
電気ブランを口にする
養命酒の味がした。
 
ータイの呼び出し音 鳴る
 
妻 慌てて
スケジュール表を抱えて
酔っ払う老人達の
大笑いの&大声の
店を出ていく。
 
これで 2度目だ
 
息子 茶漬けに
刺身を のせている。
 
 
続く…
 
 
ps 電気ブランは 電気ブランデーの略で
   創業当時「電気」はハイカラな物には付けられた言葉
   戦後「文化」を付けたように… 「文化住宅」「文化鍋」「文化包丁」etc…
 
家族小旅 流転記  C
 
 
コツン ペタン コツン ペタン
 
雷門通り
妻と子と別れる
 
一人
 
右に折れて
観音通り
 
アーケードの屋根に
左右の違う 靴音が響く
 
(ガード下にある様な 酒場が良い
観光客の居ない 場末の飲み屋を
地元 浅草の人の居酒屋を 探したい。)
 
左の路地に
格子戸の小粋な店が見えた
 
店の前に立って
様子をうかがうってみる
コジャレ過ぎ だ な
 
メトロ通りに入る 
人は ぐっと減った
でも まだ 華やかさが 残っている
 
伝法院通りとの交差点
 
行き止まりかな?
と 思わせる 
細い 民家の路地が 続いている
通りの名は もー 無い
 
しばらく 歩く
 
灯が燈っている。
 
経年の為 色褪せた
オレンジ色のビニールのテント看板に
 
わかくさ
 
と 書かれている
 
昼間は近隣の食堂として 
夜は居酒屋をしているのだろう
 
店の前に立つ
50年ほど昔の演歌の曲
シワガレ声の老人が唄っている
 
入ろう… 
 
ガ ラ ガ ラ 
と扉を開ける
 
目が 一斉に ワタクシに
 
客は3人
店主と女将
 
思ったより広い
 
カウンターがL字になっていて
長いテーブル席が3列
1/3位が 靴を脱いで座れる
入れ込みで畳が敷いてある
 
この店の上座に当たる
扉に一番遠い
長テーブル席が空いていた
店全体が見渡せる席だ。
 
 
ウイスキー 水割で 」
 
 
続く…
 
家族小旅 流転記  D
 
 
 
ホテルの窓から 雷門を 見る
 
の朝は早い
8時だというのに
観光客で溢れかえっている。
 
 
 
ぼく〜ぅ 昨日の夜 ホテルに 何時に帰った〜ぁ? 
 
出発準備をしている 妻に
恐る恐る 聞いてみる
 
11時半過ぎた 位かな… 」と答えが返ってきた
’って まさか… 覚えてないの?
なにを … ?? 』
ちょっと 
ビビった 
 
でん屋』さんに 私と行ったこと…?
「おでんや」…?
全然 
思い出せない
 
一回 ってから 又…?
でん屋」さんの看板の時間 延長してもらったのよ… 
 
 
わかくさ」で2杯目の水割りが
目の前に来たのは覚えている
 
後 わ ぁ …
西のオニーさん 気を付けてぇ!」と
女将に 送り出されたのは
カスカに 覚えていた
 
で 
ホテルに帰って
妻を誘い出した 
って
いう訳か…
 
まー 良っかあー
てるから… 。
 
 
フロントで息子と待ち合わせ
新仲見世通りの マクド へ
 
オープンテラスって 言うか
通路にまでテーブルを出しているので
朝の 寒い風が 入ってくる
 
浮浪者風 も入ってくる
徹夜遊び人風 も
 
ふらふら と 入ってくる
 
ラブホ帰りアベックさん
強面のオアニーさん も
色んな 風 が入ってきた。
 
 
ボク 本木と座に 行ったよッ!
息子が言う
 
昨夜 
神谷バーを出てから 行ったンだあ
ワタクシとは違うが 彼は彼で
プチをしたのかあ
 
やるジャン!!  。
 
 
 
仲見世まで戻り
東京中の電車に乗る予定の
息子と別れる
 
ワタクシ達は北へ向う
 
浅草寺 観音堂
を祈って 合掌
 
 
来年 大学受験の息子にと
学術成就の御守
ワタクシの何に効くのか
小さな金塊が入った御守
二つ 買った。
 
 
ー ど〜 しましょう… 
仲見世で 子と杖 見たいなあ 』
 
ワタクシ 髪の毛が 洗い晒しである
 
妻は 小さな格子柄の
鳥打帽を かぶっているので
オシャレで安全対策済み
 
ステッキは
脚のビッコで
左脇を妻が支えてくれるので…
と 言いつゝ
前々から 欲しかったモノである。
 
 
仲見世の 店の先々 春の冷かし
 
 
続く…

2006.2.24


家族小旅 流転記  E
 
 
日本民藝館
 
京王 井の頭線 「駒場東大前」
 
大きな引き戸をカラガラガラと開け
大谷石の敷石の玄関で靴を脱ぐ
 
目の前に大きな階段
太く 流れて うねる 木製手すり 迫力があります。
 
壺 皿 家具 や 
方志功さんも
さることながら
柳宗悦好みの
陳列ケース 休憩用の長椅子が
好きです。
 
 
 
民芸館を 後にする
 
 
さて… どー するか…?
 
東京八重洲中央口から
徒歩で5〜6分
ブリジストン美術館前に 
時に息子と待ち合わせまで…
今は12時で 4時間 ある
 
やっぱ 宿に 行こうかー
 
原宿に 到着
昔 懐かしい 下口から 出る
 
えたッ…!
 
テーマパーク化している
東京&近郊の若者が
全員集合しているンでは…?
 
この人混みの中を 歩くのは
老人には ツラい
 
でも…
新聞販売所と
彼女(達)が住んでいた
配達区域の裏通りには 
このヤングパワーは
侵入していないだろう… と
を出して 歩き出す。
 
おいおい!
原宿って文教地区やろ〜
映画館もパチンコもない
街のハズが…
ラオケのビルはナイやろ〜
とか 心で悲鳴をあげっぱなし。
 
竹下通りの突き当たり
明治通りを渡って
斜め45度 北東の
細い商店街の路に入る
 
こんな所まで ビルが…
見覚えのある建物が 無し
侵されてしまっている
 
あれ…!
汚い 中華屋さん
知ってる 知ってる…!
 
こんな 商店街の奥まで
歩いたっけ… か ?
 
 
 
読売新聞 原宿販売所
有った!
汚い!
マンマやん!
 
自転車はナシで バイクばっか だ
こゝの二階で 寝起きしていたンだ…
いやいや 外泊ばっか やってゝ
オヤジさんに
「たまには ウチで 寝ろよお 」って 
言われた 記憶
 
拶しなくって良いの…?
多分 オーナーが代わってると思う… し
今の時間は 睡眠時間やから… なぁ 
 
 
 
表参道 ディーランド 裏一帯
 
ワタクシの配達区域であった。
 
メだ…!
 
文化&文明的な建物が 
大幅に侵食していて
どんな 小さな路地にも
食べ物屋さんに行列している人&人
コジャレた外車が強引に入ってきたり で
一歩も 歩きたくなくなてしまう。
 
早々に 退
 
 
 
ブリジストン美術館
 
「印象派と20世紀の美術」
 
色々な人と逢えて
良かったです。
 
ピカソ・セザンヌ・ダリ・モネ
青木繁・梅原龍三郎・小出楢重
 
でも…
モネ睡蓮は5メートル位の絵が
展示されてなくて
小振りのが2点のみでした
 
確か 昔 2度ほど 
拝見した記憶があるンですが…
 
 
残念!
 
 
京駅構内
 
出汁が黒く チープな 
ちくわ天うどんを かっ喰う
 
悲しいけれど…
今回の旅で 一番 うまい!
と 思ってしまった 
ワタクシでした 。
 
 
じゃ〜
今度
 
 
お仕舞い。

2006.2.25

カメムシの 臭い? 匂い?
 
 
10年以上 昔 
季節は 今頃の 話です
 
当時の8oz
Aタイプのメンバーで
鼻炎(チクノウ) 
花粉症
悩んでいたNSクン が
って キツいですヨね…?」
 
その時
『そー かな… 』と 答えて
 
頭の中は
? ? ? 
でした 。
 
日頃 
鼻詰まりのNSクン
 
の香り かぁ … ?
 
その時 はじめて 
ニオイにい 
ワタクシに気付きました。
 
の中で
思い切り 
花に鼻を近づけて
れ か… 』
と…
 
 
昨夜
 
炬燵で団欒
 
メムシの臭いッ!」
突然 
息子が 声高く
 
んと だッ!」
すかさず 妻 叫ぶ
 
二人 
キョロキョロ
探しはじめた
 
ワタクシ 
 
? ? ?
 
 
 
終り
 
2006.2.27 
 

先輩と後輩
 
 
先日 書きました
場デビュー】の話ですが
 
その中の【先輩】って
実は 
ワタクシより年だったンです。
 
当時 ワタクシ 25歳で
【K先輩】は22歳だったと 記憶しています。
 
【K先輩】に年齢を聞いた時は
んだ 年下か… 』 
思いましたが
輩は先輩です。
 
【K先輩】は
ライトマンの会社に
1年前には入社していたので
ッパに先輩だと 思っていました。
 
 
実は 
昨夜
 
金子直樹クンが Cタイプになったので
小さな祝宴を 我が家でやりました。
 
その時 金子クンから聞いた話です。
 
「ある お様に 注意を受けました。
 
Cタイプの先輩と
一緒の現場だったンですが
ボクの方が年はだったので 
先輩も気遣って
寧語 を 
使いあってたんです…
 
仕事がわって
 
先輩は現場で直帰
ボクはお客様の車に材etc…を
オフィスに持ち帰る為に乗したンですが
その道々
「現場で8oz同士 話す時 上下関係
ッキリ 分かる様に した方が良い…
例えば ライアントが タバコ なんかを
買いに 使い走りを頼もうとした時に
こっち?orあっち?⇒どっち? と
悩む と 思う ので… 」
 
と 云う 話でした。
 
 
久本さん 曰く
 
 Sクンっていう
男性メンバーがいて
見た目は 
阪のオバちゃん』の様で
頼りないよ〜 な人だったンだけど
ある時
年齢の後輩と仕事になった時
集合した所で
「今日はボクが輩として入ってる現場だから
日頃のタメは止める ので… 」
って 
念を押して仕事に入った
と聞いて ーッゴイなと思ったぁ 」
と 
 
思い出したようです。
 
 
 
ワタクシも 
思い出しました。
 
ワタクシが27歳の頃
紹介か何かで…
30歳のフィルムラボ屋さんを辞め
「どー しても 写真を撮る
なりたいので 8ozに入りたい 」
と  
○○さん が来ました。
 
『年上は ヤンにくい…』
と 思いながら も
大人だしも使える人だから
大丈夫だろうと採用しました。
 
 
その頃
デビューする人は
必ず 3日間は
ワタクシと一緒の現場に行く事が
のようなモノでした。
 
撮影は
商品のンパレ
商品を並び替えているワタクシに
れー もっと 左に した方が良いね… 」
って その○○さんが
カメラ横から言いました
 
ワタクシ チン!!! と きて
○○(呼び捨て) れッ! 10年 早いッ!
 
帰ってもらいました…
 
佐久本さんが言った
元8ozのSクンのように
クギをのを 忘れたのが
イケなかったンですが…
 
 
残念でした…
 
 
ちょっと カタい 話で
すいません…
 
 
 
でした。

2006.2.28